今回は、インド「OVERDRIVE」による、メルセデス・ベンツ Sクラスをベースとした装甲車「S600ガード」の試乗レポートを日本語で紹介します。


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Sクラスは世界最高の高級車の1台だが、最も安全な高級車の1台でもある。今回、私はS600ガードに短時間ながら試乗する機会を得て、これが驚異的な車であることを確信した。

S600ガードは装甲だけで2トン近い。この車の装甲を破るためにはちょっとした軍でも率いない限りは不可能だろうし、仮に軍を使ったとしてもそう簡単には破れないだろう。室内を外部から隔絶するため、この車には様々な強化が施されている。特にドアやガラス、ルーフ、ダッシュパネル、フロアが集中的に強化されており、ボディ下部は排気系周辺にわずかな隙間が開いている以外はほとんど完璧な保護がなされている。メルセデスによると、これはこのクラスの車としては初だそうだ。ウインドウの厚さは2.5cmを超えており、5層構造でひび割れを防ぐためにポリカーボネートが封入されている。このため、視界はいくらか歪んでおり、メルセデス自身もこの問題には悩まされたという。

結果、各所の構造はアサルトライフルから数発銃撃を受けても問題なくなっている。ドアは金属で強化されており、自動小銃の連続射撃にも耐えられる。一般的な自動車の場合、.44マグナム弾を使うとドア4枚を貫通してしまう。そのため、Sクラスガードのドアは非常に重くなり、1枚につき150kgを超え、ウインドウはあまりに重いため、標準の電動式パワーウインドウから油圧式パワーウインドウに変更されている。なお、ドアにはオートクローザーが付いている。

結局、この装甲はどの程度の強度なのだろうか。欧州BRV基準ではSクラスガードが最高評価であるVR9を得ている。一方、EクラスガードとMLクラスガードはそれぞれVR4、VR6の評価を得ている。しかしこれでも具体性に欠けてよく分からないだろう。これは要するにどの口径の弾丸を防ぐことができるかを示した基準だ。簡単に言えば、VR4は.44マグナム弾に耐えるダーティハリー仕様だ。VR6はAK47にも耐えられ、これでも十分に凄い。しかし、VR9はさらに凄く、自動小銃どころか手榴弾(HG85手榴弾)の攻撃にすら耐えられる。

これはメルセデスが自分で言っているわけではなく、実際に独立機関が最悪の状況を想定した試験を行った結果だ。まず、車には様々な方向から500発の攻撃を受ける。1発でもキャビンに貫いていれば試験は失敗となる。その後、銃撃を受けた車は爆破テストを受けて炎にまみれることになる。メルセデスはその様子を記録したビデオを見せてくれたのだが、あまりに暴力的で恐ろしい物だった。

装甲車に要求されるのは頑丈さだけではなく、いざというときには脅威から速く逃れられなければならない。しかし、装甲車には重さという問題がある。通常のS600は約2.3トンだが、そこに装甲を追加すると3.5トンを超える。このうえ、車重の増加に耐えられるようにサスペンションやブレーキも強化されてさらに車重が増加している。フロントエアサスペンションには強化スプリングが取り付けられ、リアサスペンションには支持用のスプリングが追加されている。ブレーキはフロントが6ピストンとなり、リアも強化されている。また、車重の増加にあわせて、スタビリティコントロールやABSのプログラムも調整されている。エアサスペンションにはセルフレベリング機構が備わっており、車重は増加しているが乗り心地は安定させている。車重はすべて合わせて4.2トン近くなっているが、乗り心地や走行性能は損なわれないように最大限の工夫がされている。

スピードを出すこと自体は6L ツインターボV12エンジンをもってすれば難しいことではない。標準モデルのS600と共通のこのエンジンはシルキースムーズだし、ドアやガラスが分厚くなっているおかげで不気味なほどに静かだ。530PS/84.6kgf·mのパワーを全開で引き出せばエンジンはそれなりの音を上げるものの、車内に侵入する音は非常に抑えられている。強大なエンジンが唸りを上げているということは室内からでも音からなんとなく感じられるが、過剰なエンジン音が聞こえるようなことはない。どんなに急加速をしようとしても挙動はスムーズで、強大なトルクは7速トルコンATを介して後輪に伝えられる。最高速度は車重の関係で210km/hでリミッターがかかるが、この速度までならいとも容易く到達することだろう。

この車で何より驚いたのは第一印象が(分厚いドアを除けば)普通のSクラスとほとんど変わらなかったという点だ。高級感溢れるインテリアはほとんど共通だし、ステアリングは軽く、乗り心地はスムーズで高級感があった。しかし、スラローム走行をすると違いが顕著に感じられた。低速であれば重さは感じられるもののうまくコントロールできている。しかし、速度を上げていくと重さがはっきりと感じられるようになり、慎重に運転する必要が出てくる。グリップは十分にあるのだが、一度限界を外れてしまうと約4.2トンの車重に対してタイヤが為す術はなくなってしまう。

この車を速く走らせるためには、いかに限界ぎりぎりで走らせることができるかが重要だ。一旦限界を外れてしまえば、コントロールを戻すのは普通の乗用車と比べるとかなり難しい。ドライビングインストラクターのマーカス氏によると、このような車重のある車をうまく運転するためには、なるべくブレーキを使わず、また操舵時にはアクセルワークも伴わせることが重要だそうだ。ハードブレーキングをすればノーズダイブが起こり前輪に負荷をかけてバランスが崩れやすくなる。アクセルを踏めば後輪に力がかかり、それが振り子の要領でコーナリングを助ける。実にためになる話だ。

ブレーキ性能には問題ないし、加速性能も十分なので飛ばすこともできるのだが、ハードブレーキングをするためにはソフトなブレーキペダルをかなり強く踏み込まなければならない。この点は、いざという時に問題になるのではないかと不安に思うところだ。とはいえ、車重や装甲車という特性を考慮すれば、全体的にかなり良くできた車だと思う。

S600

S600ガードはこれまでのどんな市販車よりも戦車に近い存在だが、贅沢さは普通のSと何ら変わらない。シートは素晴らしいし、ヘッドレストは非常にソフトでまるで神様にでも抱きかかえられているような気分だ。質感や仕上がりはこれ以上は望むべくもないレベルだ。しかしよく見てみると違いもある。パワーウインドウにはオート機能が存在せず、同様に挟み込み防止機能もない。つまり、窓が開いている状態で車外から攻撃を受けた際にはウインドウスイッチをひたすら上げ続ければいい。

全座席から小さな黒いボタンが押せるようになっている。これを押すと大音量の警報が鳴り出す。本来ならカップホルダーがあるフロントコンソールにはジェームズ・ボンドのようなボタンが並んでいる。これを用いると室内の空気を排出し、空気を車外と隔絶することができ、化学兵器による攻撃を受けた際も安心だ。車の周辺に火気を探知すると自動的に消火器が作動し、また手動で消火器を作動させることもできる。

安全装備は最上級のものが備わっている。リアシートベルトにまで小さなエアバッグが備わっており(これは新型Sクラスで初登場の技術だ)、メルセデスの担当者に一体いくつエアバッグが付いているのか尋ねたところ、笑いながら多すぎて数えきれないと答えた。

装着されるタイヤはミシュランPAXで、このタイヤは縁部分を特殊な構造としており、ポリカーボネート製の中央骨格を支持している。この構造により、タイヤから空気が完全に抜け切っても約30km走行することができ、これだけ走れば危険地帯からの逃亡も可能だろう。実際、空気の入っていないタイヤでデモンストレーションをしてもらったのだが、スラロームコースを普通のタイヤを履いているのとほとんど同様に走り抜けた。

S600ガードを購入するとメルセデスのドライバー訓練プログラムが2人分付いてくる。これはドイツで行われ、車の基本操作や危険回避、スムーズな運転を学ぶことができる。これを受ければリアシートにシャンパンがこぼれることもないだろう。訓練に用いる車はメルセデス所有の車であり、訓練終了後に新車の装甲車を受け取ることができる。また、問題が起これば専用の"ドクター"が世界のどこにでも駆けつけてくれる。日常点検などは通常のメルセデスのディーラーほとんどで行うことができ、一般的な保証も付いている。

我々のような一般庶民にとっては、このような車はまるで別世界のファンタジーのようで、欲しいとすら思わないのだが、それでもどこか魅力を感じてしまう。大富豪や裏社会の重鎮にとってさえ、EクラスガードやMLクラスガードのほうが価格的に現実的な選択肢だろう(2,000万~3,000万ルピー)。一方、S600ガードはさらに別の領域にあり、価格は8,900万ルピーで、メルセデスによるとオプションはほぼ無限に存在するという。価格は生半可ではなく、地球上の一握りの人間のための車と言えるだろう。こんな車の一端を体験出来ただけでも私は幸運だ。


2015 Mercedes-Benz S 600 Guard first drive review