イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「Driving.co.uk」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、マセラティ・ギブリSのレビューです。


Ghibli

私は、オープニングシーンで登場人物がマセラティ・クアトロポルテに乗っていたというだけの理由で『最強のふたり』という素晴らしいフランス映画を見た。

映画を見始めておよそ2時間後、エンドロールが流れ始めた頃、私は3つのことに思い至った。1つは、人間の心というものは基本的に素晴らしいということ、1つは、親切心が何事にも大切だということ、そしてもう1つは巨大な4ドアのマセラティが非常に欲しくなったということだ。

実のところ、私はずっとマセラティが欲しかった。理由はたくさんある。ジョー・ウォルシュはマセラティで300km/hを出して捕まった。ファン・マヌエル・ファンジオは250Fで四輪ドリフトをしてグランプリで勝利を飾った。子供の頃に読み耽った児童書には3500GTが描かれていた。それに、シトロエン・SMも理由の1つだ。

私の父親は自分でマセラティを欲しがったことがない。しかし、マセラティを持っているスウェーデン人のオペアを雇おうとしたことは何度もあったそうだ。父はそのことについて何度も話しており、クラークソン家の家伝によると私は「ママ」と言うよりも先に「マセラティ」と言えるようになったそうだ。

心の底では、私はランボルギーニやフェラーリよりもマセラティの方が欲しい。ランボルギーニやフェラーリはどこか新しすぎて成り上がり感があり、どこか俗っぽいのだ。しかしマセラティには100年近い歴史がある。マセラティには伝統的な威厳を感じる。

問題なのは、私が免許を取ってからマセラティは良い車を1台も作っていないという点だ。確かに『最強のふたり』でパリの街を破壊したクアトロポルテは美しいし、V8の咆哮はまるでネズミ捕りに引っ掛かった狼男のそれのようだ。ただ、どのトランスミッションも出来が悪かったし、リセールバリューの落ち方は酷かった。それに、1年かそこらでどこもよれよれになってしまった。どれだけマセラティが欲しくても、誰も買おうとしなかった。相当の馬鹿な好き者でない限りは。

3200GTも、カリフも、シャマルも、キャラミも、初代クアトロポルテも同様だった。カムシンも、メラクも、ボーラさえ同様だった。それに、マセラティは車名を風に由来させることが好きだが、ならばビトゥルボはファート(屁)と名付けるべきだっただろう。

実際、本当に素晴らしいマセラティを探すと1967年まで遡らなければならない。ギブリだ。そして今回紹介する車と見事に繋がる。そう、新型ギブリだ。私は長らくの間この車を運転することを楽しみにしていたのだが、実際に対面してみると、期待していたほど素晴らしい車ではなかった。

出発する前に車をバックさせなければならず、つまりギアをリバースに入れなければならなかったのだが…おっと、それはドライブだ。レバーを強く引き過ぎだ。ならば戻して…いや、今度は強く押しすぎてパーキングまで戻ってしまった。もう一度、今度はゆっくり…駄目だ。またドライブになった。ゆっくり…ニュートラル…くそっ。なんてトリッキーなんだ。

ようやくバックできたかと思えば、今度はパーキングセンサーが怒涛の勢いで鳴り出す。車の四隅は衝突を予期し、障害物に近づくにつれてなおのことやかましくなる。しかもこれを切るのがまた至難の業だ。実のところ、どれをオフにするのも大変だ。これはマセラティが見た目をクリーンにするために大概のスイッチをセンターのタッチスクリーンに集約させてしまったことに起因している。結果、サブメニューは42個にも膨れ上がってしまった。

interior

ただ、ナビをセットすること自体は簡単だ。反応性は良く、到着予測時刻も自信ありげに教えてくれるのだが、A40やM25といった道のことはそもそも知らないらしく、その予測時刻はほぼ確実に間違っている。

この時点でもまだ出発はできておらず、ギブリは非常に腹立たしい。それに寒い。暖房が弱いのだが、それを調節する術はない。温度を上げ、風量を最高にして吹き出し口を全て開く頃には、車内で低体温症で死んでしまうことだろう。

それでも、手袋をはめ、帽子を被り、マフラーを巻いて完全防備になり、紙の地図も持てばようやく道に出ることができるのだが、車との一体感は掴みかねる。ステアリングも、スロットルも、トランスミッションも、どれをとってもぼんやりしている。

なんとか車の力を引き出すことができれば、そこには十分なパワーがある。今回試乗したのはV6ツインターボエンジンを搭載するSであり、最高速度は285km/hだ。ただ、こんな機械に操作されているような車ではあまりスピードを出したくはならない。

それにボディサイズも大きい。それゆえパーキングセンサーは常時鳴り続けている。これほど大きいと常に何かには近づいている状態にあるというわけだ。

頭にくることは他にもある。コラムレバーが1個しか付いておらず、ワイパーを使おうとすると方向指示器が作動してしまう。ラジオの操作系はステアリングの裏側の見えないところにあるし、夜間にナビ画面を見ると明るすぎて何も見えず、あるいはオフにするしかなくなる。それにブレーキはどこかON/OFFスイッチ的だ。

ただ、こんな車でも、スピードバンプを越えるとほとんど何も感じなかった。低速域ではまるで昔のジャガー・XJのような乗り心地であり、つまり街中の移動には最高だ。もちろん、パーキングセンサーの警報音を抜きにすれば、だが。警報音を抜きにすれば静粛性も高い。非常に静かだ。

他にもある。昔のギブリはトランクが非常に広かった。私の友人は全寮制の学校に移り住む際に父親のギブリで荷物を運んだのだが、そのトランクには全ての荷物が入った。新しいギブリは学校すら入りそうだ。非常に広大だ。

つまり、快適性が高く、実用性も高く、静粛性も高く、それに居心地もいい。警報音を抜きにすれば、だが。それになにより、これはマセラティだ。「マセラティに乗らないか」と言えば暖かな気分になれる。実際にマセラティに乗り込めばそこは決して暖かくはないが。

結論はこうだ。素晴らしいバッジが付いた新型車は、またも冴えない車だった。しかし価格を見てみよう。ディーゼルなら5万ポンド未満で購入することができる。ツインターボのSは6万3,760ポンドだ。これはガム1粒の値段でチョコレートが1箱買えるようなものだ。

たしかにこの車は完璧ではない。暖房に至っては完璧という言葉とは無縁だ。しかし、285km/hのマセラティを6万3,760ポンドで買えるのだ。なんと魅力的ではないか。


The Clarkson review: Maserati Ghibli S (2014)