イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」でおなじみのジェレミー・クラークソンが英「The Sunday Times」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。
今回紹介するのは、シボレー・オーランドのレビューです。

クリスマスが終わり新年を控えたある日、経済状況が悪いにもかかわらず70億人のイギリス人が70兆ポンドをセール品に支出したと報じられた。これは一見すると良いニュースだ。ただ、オックスフォード通りの映像を見ると、そこにいる誰もが中国人であることに気付く。
中国人はバーゲンが好きだ。ただそれ以上に好きなのがブランドネームだ。先月私は北京に行っていたのだが、中国人の成金は自国の製品を全く欲しがらないと何度も言われた。中国人が欲しがるのはトミーヒルフィガーやプラダやレイバンだ。そのブランドのバッジを最安値で手に入れることができるなら、中国人はヒースロー空港への航空券を買うことさえやぶさかではない。
中国で生き残るためには、名の知れたブランドであることが必要だ。名の知れたブランドとは、信頼できるブランドであることを意味する。どんなに優れた香水であろと、ブランドが知られていなければシャネルのラベルが貼られた香水には対抗できない。
これは中国人に限った話ではない。私にはファッションセンスが最悪の友人がいる。その服はジョークのために作られたか、わざと変に作られたとしか思えない。しかし、私がそれを指摘すると、彼は声を震わせながらも、ラベルを指さして「これはドルチェ&ガッバーナだぞ」と反論する。
私のファッションセンスが彼とさほど変わらないことは分かっている。私はレイバンのサングラスとソニーのテレビしか買わない。これはレイバンやソニーが最高の選択肢だからではなく、そこに安心感があるからだ。自分はそんな風にブランドには惑わされないという人もいるかもしれない。しかし、Vinceという人間とVictorという人間がいたら、後者と付き合いたいと思うはずだ。
自動車の世界では、ブランドが全てだ。私は中国で伝祺(トランプチ)という車に乗った。これを欲しいと思うだろうか。まさか。たとえこの車が純金製で、価格は6ペンスで、水を燃料として走るとしても、あなたはフォルクスワーゲンのディーラーへ向かうことだろう。
フォルクスワーゲンなら安心できる。フォルクスワーゲンでは多くの技術者が日夜働き、企業の耐久性や安全性に関する評判を落とすことのないよう、全ての車を全力で作り上げようとしている。ブランドを守ることこそが全てだ。
しかしゼネラル・モーターズは違う。ゼネラル・モーターズがブランドを守っても、破産という狼が会社のドアを食いちぎるだけだ。私は先日、シボレー・オーランドLTZという車に我慢して試乗したのだが、このことを身を持って実感した。
ルイ・シボレーはスイスに生まれ、短期間カナダに在住した後、アメリカに渡り、フィアットのレーシングドライバーとなった。その後、彼は自分でロードカーを作り始めた。しかしすぐに彼はその自動車メーカーをGMに売り渡した。ところが1929年に彼は不況で全てを失い、シボレーのライン工としてその人生を終えることとなった。これは実に悲しいことだが、悲劇はそこでは終わらなかった。
現在、彼はインディアナポリスの地下2mで眠っているが、その周りには彼の名前のついたミニバンのシボレー・オーランドが走り回っており、その車には彼のデザインしたスイス国旗に由来するエンブレムが付いている。彼が設立した会社は常にコストパフォーマンスに目を向けてきた。これはシボレーが最安の6気筒車を販売していた1930年代から続く社の方針だ。
シボレーは1950年代にはプラスティック製のコルベットを作り上げ、1960年代には世界で初めてターボチャージャーを市販車に採用した。しかし、シボレーはそんな中でずっとスモールブロックのV8エンジンを作り続けた。これはブルーカラーのスピードに対する憧れの象徴だ。カマロやノヴァSSが世界中から注目を浴びるようになった立役者だ。
これが我々の考えるシボレーだ。帽子を前後逆に被ったタトゥー入りの男が怒涛の音を上げるマシンに乗り、タイヤスモークを上げながら発進し、タイヤが暴れてなおのことスモークが巻き上がる。そこに洗練はない。しかし悪くない。
ところが、アル・ゴアや風車、原油価格高騰に溢れた今の世界に、こんなものが存在する余地はない。
そのうえ、シボレーの経営母体は常に地球平面協会だ。この会社はスイス人により設立されたが、誰もスイスのやり方に従おうとはしない。シボレーにとって、世界はロサンゼルスに始まってボストンで終わる。シボレーがアメリカ以外で車を売る気がないのは、世界には50の州しかないと考えているからだ。それ以外の部分は未開のジャングルに過ぎない。
そんな中でシボレーは問題に気づき、パニックになってしまった。落ち着いて考えることもできず、イングランドランドやら日本人民共和国やらで車を売って典型的なアメリカの車を守らなければならないと考えた。そしてまるで頭のない鶏のように走り回り、援助金の回収を目論む政府の手先から逃げまわった。
その結果として生まれたのがオーランドだ。これはヴォクスホール・アストラと共通のプラットフォームを用いて韓国で製造される、全長4,650mmの驚異的な酷さの7シーターミニバンだ。
まず、シートを見てみよう。確かに7人分の椅子はあるが、後ろの5席に生きた人間を乗せることはできない。それに、3列目シートを畳まない限り荷室スペースは存在しない。絶望的だ。
しかしエンジンに比べればまだましだ。1kmも走ればディーゼルエンジンだとはっきり感じられるが、よく見るとタコメーターは6,000rpmまでだ。なんということだ。このエンジンはガソリンで動いている。この4気筒 1.8Lエンジンは酷い。ちょっと動かすだけでも大変だ。この車にトラクションコントロールが付いていることにも驚いた。何故だ? 冷蔵庫にトラクションコントロールが必要だろうか。そういうレベルだ。
パワーがないだけでなく、燃費も悪いし、粗くてエンジン音は怪我をしたクジラのようだ。しかしそれも当然のことだろう。シボレーのエンジニアに4気筒エンジンを開発させるのは、ハンバーガーショップの店員に煮魚を注文するようなものだ。確かに同じ料理であることに変わりはないが、やり方は全く違う。
ただ、価格は安い。LTZはわずか1万8,310ポンドとそれほど悪くなさそうだ。ただし、白以外のボディカラーを選びたければさらに410ポンド支払う必要があるし、カーナビが欲しければさらに765ポンド支払う必要がある。シボレーは一体何を考えているのだろうか。どうして必要もないトラクションコントロールを標準装備にして、必要な地図を付けようとはしないのだろうか。

ハンドリングは酷い。乗り心地も酷い。シートの作りも酷い。それになにより、デザイナーはレンガもまともにデザインできないような人間のようだし、室内のプラスティックはまるでセロハンのような質感だ。
ひょっとしたら、この車を買う人がいるかもしれない。しかし、この車がシボレーだと聞いたその友人がその後シボレーを買うことは絶対にないだろう。
Chevrolet Orlando: Uh-oh, some fool’s hit the panic button
今回紹介するのは、シボレー・オーランドのレビューです。

クリスマスが終わり新年を控えたある日、経済状況が悪いにもかかわらず70億人のイギリス人が70兆ポンドをセール品に支出したと報じられた。これは一見すると良いニュースだ。ただ、オックスフォード通りの映像を見ると、そこにいる誰もが中国人であることに気付く。
中国人はバーゲンが好きだ。ただそれ以上に好きなのがブランドネームだ。先月私は北京に行っていたのだが、中国人の成金は自国の製品を全く欲しがらないと何度も言われた。中国人が欲しがるのはトミーヒルフィガーやプラダやレイバンだ。そのブランドのバッジを最安値で手に入れることができるなら、中国人はヒースロー空港への航空券を買うことさえやぶさかではない。
中国で生き残るためには、名の知れたブランドであることが必要だ。名の知れたブランドとは、信頼できるブランドであることを意味する。どんなに優れた香水であろと、ブランドが知られていなければシャネルのラベルが貼られた香水には対抗できない。
これは中国人に限った話ではない。私にはファッションセンスが最悪の友人がいる。その服はジョークのために作られたか、わざと変に作られたとしか思えない。しかし、私がそれを指摘すると、彼は声を震わせながらも、ラベルを指さして「これはドルチェ&ガッバーナだぞ」と反論する。
私のファッションセンスが彼とさほど変わらないことは分かっている。私はレイバンのサングラスとソニーのテレビしか買わない。これはレイバンやソニーが最高の選択肢だからではなく、そこに安心感があるからだ。自分はそんな風にブランドには惑わされないという人もいるかもしれない。しかし、Vinceという人間とVictorという人間がいたら、後者と付き合いたいと思うはずだ。
自動車の世界では、ブランドが全てだ。私は中国で伝祺(トランプチ)という車に乗った。これを欲しいと思うだろうか。まさか。たとえこの車が純金製で、価格は6ペンスで、水を燃料として走るとしても、あなたはフォルクスワーゲンのディーラーへ向かうことだろう。
フォルクスワーゲンなら安心できる。フォルクスワーゲンでは多くの技術者が日夜働き、企業の耐久性や安全性に関する評判を落とすことのないよう、全ての車を全力で作り上げようとしている。ブランドを守ることこそが全てだ。
しかしゼネラル・モーターズは違う。ゼネラル・モーターズがブランドを守っても、破産という狼が会社のドアを食いちぎるだけだ。私は先日、シボレー・オーランドLTZという車に我慢して試乗したのだが、このことを身を持って実感した。
ルイ・シボレーはスイスに生まれ、短期間カナダに在住した後、アメリカに渡り、フィアットのレーシングドライバーとなった。その後、彼は自分でロードカーを作り始めた。しかしすぐに彼はその自動車メーカーをGMに売り渡した。ところが1929年に彼は不況で全てを失い、シボレーのライン工としてその人生を終えることとなった。これは実に悲しいことだが、悲劇はそこでは終わらなかった。
現在、彼はインディアナポリスの地下2mで眠っているが、その周りには彼の名前のついたミニバンのシボレー・オーランドが走り回っており、その車には彼のデザインしたスイス国旗に由来するエンブレムが付いている。彼が設立した会社は常にコストパフォーマンスに目を向けてきた。これはシボレーが最安の6気筒車を販売していた1930年代から続く社の方針だ。
シボレーは1950年代にはプラスティック製のコルベットを作り上げ、1960年代には世界で初めてターボチャージャーを市販車に採用した。しかし、シボレーはそんな中でずっとスモールブロックのV8エンジンを作り続けた。これはブルーカラーのスピードに対する憧れの象徴だ。カマロやノヴァSSが世界中から注目を浴びるようになった立役者だ。
これが我々の考えるシボレーだ。帽子を前後逆に被ったタトゥー入りの男が怒涛の音を上げるマシンに乗り、タイヤスモークを上げながら発進し、タイヤが暴れてなおのことスモークが巻き上がる。そこに洗練はない。しかし悪くない。
ところが、アル・ゴアや風車、原油価格高騰に溢れた今の世界に、こんなものが存在する余地はない。
そのうえ、シボレーの経営母体は常に地球平面協会だ。この会社はスイス人により設立されたが、誰もスイスのやり方に従おうとはしない。シボレーにとって、世界はロサンゼルスに始まってボストンで終わる。シボレーがアメリカ以外で車を売る気がないのは、世界には50の州しかないと考えているからだ。それ以外の部分は未開のジャングルに過ぎない。
そんな中でシボレーは問題に気づき、パニックになってしまった。落ち着いて考えることもできず、イングランドランドやら日本人民共和国やらで車を売って典型的なアメリカの車を守らなければならないと考えた。そしてまるで頭のない鶏のように走り回り、援助金の回収を目論む政府の手先から逃げまわった。
その結果として生まれたのがオーランドだ。これはヴォクスホール・アストラと共通のプラットフォームを用いて韓国で製造される、全長4,650mmの驚異的な酷さの7シーターミニバンだ。
まず、シートを見てみよう。確かに7人分の椅子はあるが、後ろの5席に生きた人間を乗せることはできない。それに、3列目シートを畳まない限り荷室スペースは存在しない。絶望的だ。
しかしエンジンに比べればまだましだ。1kmも走ればディーゼルエンジンだとはっきり感じられるが、よく見るとタコメーターは6,000rpmまでだ。なんということだ。このエンジンはガソリンで動いている。この4気筒 1.8Lエンジンは酷い。ちょっと動かすだけでも大変だ。この車にトラクションコントロールが付いていることにも驚いた。何故だ? 冷蔵庫にトラクションコントロールが必要だろうか。そういうレベルだ。
パワーがないだけでなく、燃費も悪いし、粗くてエンジン音は怪我をしたクジラのようだ。しかしそれも当然のことだろう。シボレーのエンジニアに4気筒エンジンを開発させるのは、ハンバーガーショップの店員に煮魚を注文するようなものだ。確かに同じ料理であることに変わりはないが、やり方は全く違う。
ただ、価格は安い。LTZはわずか1万8,310ポンドとそれほど悪くなさそうだ。ただし、白以外のボディカラーを選びたければさらに410ポンド支払う必要があるし、カーナビが欲しければさらに765ポンド支払う必要がある。シボレーは一体何を考えているのだろうか。どうして必要もないトラクションコントロールを標準装備にして、必要な地図を付けようとはしないのだろうか。

ハンドリングは酷い。乗り心地も酷い。シートの作りも酷い。それになにより、デザイナーはレンガもまともにデザインできないような人間のようだし、室内のプラスティックはまるでセロハンのような質感だ。
ひょっとしたら、この車を買う人がいるかもしれない。しかし、この車がシボレーだと聞いたその友人がその後シボレーを買うことは絶対にないだろう。
Chevrolet Orlando: Uh-oh, some fool’s hit the panic button
