イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の司会者の1人、ジェレミー・クラークソンが英「Driving.co.uk」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、フォード・フィエスタ レッドエディションのレビューです。


Fiesta

先進国の人間は皆おかしくなってしまったのではないだろうか。なぜなら、我々が何かを買うとき、常に最も高価な選択肢を選ぶからだ。最も良い選択肢ではなく、だ。我々は、100ポンドの包丁よりも200ポンドの包丁のほうが長持ちするし切れ味もいいと考える。25万ポンドの家よりも400万ポンドの家のほうが快適であると考える。メニューに書かれた金額の桁が大きいレストランのほうが、ビッグマックよりも美味しいに違いないと考える。しかし、これらは事実だろうか。

レストランの件に関しては間違っているかもしれないし、車の話ともなれば明らかに間違っていると言える。フォルクスワーゲン・ゴルフGTIは完璧な車だ。そして、この10倍の価格の車でもこれには劣るだろう。これが事実だ。議論の余地もない。

フォルクスワーゲンは、ブガッティやランボルギーニ、ベントレーなどといった注目を集めるようなグループ企業に最高の技術者を集中させていると考える人もいるかもしれない。しかし違う。フォルクスワーゲンはその本業であるゴルフの開発に天才を当たらせている。だからこそ、ゴルフが素晴らしいと言える。

私は様々な車を運転するが、どんな車でも少なくともひとつは欠点が存在する。けれどゴルフにはそれがない。シートがスライドする挙動ひとつとっても、ボタンのタッチひとつとっても、ステアリングの重さひとつとっても、全てがまともだ。エコモードさえ無視すれば。

そして、この完璧さの顕現たるゴルフGTIに乗り込めば、想定以上の、はるかに多くのパワーが感じられるし、ゴルフボール型の面白いシフトレバーも付いている。楽しい車だ。

先日、ポルシェ・911 GTSを運転したのだが、これがまた素晴らしい車だった。ベントレー・コンチネンタルGT V8 Sにも惹きつけられた。けれど、私の中のヨークシャー州民の血が、「何故だ? どちらの車もGTIにはあらゆる面で劣るじゃないか」と叫んだ。

確かに、この2台はGTIよりパワーがあるが、現実的に考えてみよう。車は燃料とは切り離せない。GTIは基本的に14km/Lは上回るが、ポルシェやベントレーではそうはいかない。

それに、雨の中、ウェールズの山道を走れば、ゴルフのほうが速いはずだ。よっぽど速いはずだ。よってこれが結論だ。どれだけ金があろうと、ゴルフGTIを買いなさい。単純な話だ。

違うだろうか。確かに、ゴルフGTIよりおよそ9,000ポンド安いフォード・フィエスタSTも、あるいはGTIよりも運転するのが楽しい。事実、フィエスタSTはタイヤの4つ付いた大抵の乗り物よりも運転するのが楽しいと言える。この車は小さな至宝だ。

もちろん、この車はゴルフよりもわずかに小さいが、しかしそれが問題になることがどれほどあるだろうか。どこに行くにもラグビー選手を後席に乗せ、セントバーナードを荷室に乗せるだろうか。違う。大抵の場合、フィエスタのような小さくて控えめな車は、大きくて派手な車よりも使いやすい。

ベントレーに乗っていれば、「この車がもう少し小さければ、この駐車場に停めることができるのに、現実は別の駐車スペースを探すために人生を浪費しなければならない」と後悔する日が来ることだろう。

ポルシェ・911についても同様のことが言える。会議が終わって駐車場に来てみると、どこぞの馬鹿者の手によって、ボディサイドに鍵で傷を付けられ、屋根に下品な言葉が刻まれているのを見つける日が来ることだろう。そうして、もう少し目立たない車を買えばよかったと後悔するわけだ。

けれど、フォード・フィエスタSTのオーナーが後悔するだろうことは何一つ思い浮かばない。もっとも、言うまでもなく、それは今回私が試乗したフィエスタ Zetec S レッドエディションに乗らなければの話だ。もし乗ってしまえば、オーナーはこっちを買っていればと後悔することだろう。

一見、これは馬鹿げた車だ。この車は赤いからレッドと呼ばれている。黒いブラックエディションというモデルもある。確かにおかしい。それに、この車は非常に速いSTよりもわずか1,250ポンド安いだけなのに、積んでいるエンジンは小さすぎて鉛筆削りとも見紛いそうな3気筒1Lだ。このエンジンブロックは、実際、A4の紙の上に載せることができる大きさだ。

ただ、いくら大きさが小さいからといって、ひ弱なエンジンであると考えてはいけない。フライ級のボクサーを見ればそれが間違いだということは明白だ。事実、この小さなエンジンは140PSを発揮する。誤植ではない。フォードはビール缶2つ分の排気量のエンジンから140PSを引き出すことに成功している。

ダイハツがシャレードGTtiで105PSを発揮する1Lエンジンを開発した時のことを思い出す。「我々はわずか1Lのエンジンで100PS超えを実現した」とこの車の発表時にダイハツは言った。これはちょうど私が試乗車のシャレードで溝に突っ込んでしまう直前の話だ。

そして、フォードはそこからさらに向上させ、1Lで140PSを実現している。酷いターボラグやトルクの谷、それに変な音を想像する人もいるかもしれない。けれどそんなものはない。エンジン音は「ブロロロロ」という音だし、ボンネットの下にはあたかもウエストハイランドテリアがいるようだ。私はこの車に心底惚れこんだ。そして、この車の速さにも惚れた。0-100km/h加速は9秒で、最高速度は201km/hだ。にもかかわらず、排気量が1Lなので保険料も安いし、公称燃費は20km/Lを超える。

しかし、この車の一番凄いところは未だに言及できていない。この車はフィエスタだ。つまり、シャシがまったくもって素晴らしいということだ。おそらく、ポルシェ・918スパイダーのシャシのほうがこれよりも少し優れているかもしれない。それにフェラーリ・458イタリアのシャシだって素晴らしい。しかし、フォードもこれらと同じレベルにある。冗談ではない。

バンプをあたかも存在しないかのごとくいなし、フロントは粘り強く、リアは柔軟で、普通の速度でさえ非常に楽しい。この車は楽しさに満ちた車だ。そしてそれは現代においては非常に珍しい。

おそらく、コントロールするのは大変だろうし、電装オプションを装備すれば非常に使いづらい。ただ、そんなものは気にしなければいい。デジタルラジオなんて必要だろうか。オーディオなんてなくてもこの車は楽しめる。

この車の唯一の問題は、我々が住んでいるこの国がイギリスだということだ。アウディやベントレーやフェラーリをフィエスタに買い替えでもしようものなら、普通の感性をもった人間なら、友人から近所の人まで、お金に困るようなことがあったのではないかと考え、誰も口を利いてくれなくなることだろう。

これは、我々が先進国に住んでいるからこそ起こる問題だ。我々は皆おかしい。


The Clarkson review: Ford Fiesta Zetec S Red Edition (2015)