今回は、豪州「Car Advice」による、スズキの小型商用バン「APV」の試乗レポートを日本語で紹介します。


APV

普通、試乗レポートというものはフルモデルチェンジやマイナーチェンジを受けたばかりの車に対して行う。しかし今回は違う。スズキ・APVは2015年にはもはや時代錯誤で、バンが乗用車と全く別の括りにあった時代の遺物だ。

APVは2005年により小型のバンであるキャリイの後継車として発売された。18,990豪ドルという価格設定のおかげで、インドネシア製のこのAPVはオーストラリアで販売されるバンの中でも最も安い(なお、2014年モデルのAPVを17,990豪ドルで販売するキャンペーンも行われている)。

また、欧州製の小型バンと比較して分かったのだが、APVは特定分野にだけ突出して長けたバンと言える。

この車は都市部で荷物を積載するための道具だ。背が高く、幅が狭く、大きな窓を備え、価格設定の近いライバル車に対し、視界の良さや取り回しの良さという面で秀でている。狭い駐車場や裏通りはAPVの得意とする場所だ。

そしてこの独特な小型バンの特徴は人を惹き付けている。2014年のオーストラリアでの販売台数は487台であり、これは絶対数としては少ないが、そもそもの母数が少ないこのセグメントでは15%のシェアをもつ。

APVは全長4.15m(ホイールベースは2.6m)、全高1.86mでありながら全幅はわずか1.65mで、このボディサイズにもかかわらず、3.4立方メートルという比較的大容量のスペースを有する。車両重量は1,140kgで、車両総重量は1,950kgとなる。つまり、例えば、少なくとも600kgの荷物と大柄の大人2人を載せることが可能だ。我々が測定したところでは、荷室長は2.1m、荷室幅はホイールアーチ間で1.13m、荷室高は1.2mであり、これはフォルクスワーゲン・キャディやルノー・カングーなどのバンよりも荷室長や荷室高で勝っている。

バックドアは観音開きではなく上部にヒンジのあるテールゲートであり、フォークリフトでの積載は難しいが、いずれにしても狭い荷室幅のせいで一般的なパレットを積載することはできない。また、車幅が狭いとはいえ、サイドドアはスライドドアではなく珍しくヒンジドアが採用されている。

荷室床は低いのだが、フロントシートの方に行くと少し高くなっており、完全にフラットというわけではない。リアのホイールアーチはかなり小さいのだが、荷物を固定するための用具などは備わっていないし、ルーフはビニール製で破れやすく、その点は残念だ。荷室とフロントシートを隔てるバリアは1,020豪ドルのオプションとして設定される。

サイドウインドウは大きく(リアドアのウインドウも開閉可能で、オーストラリアでは2人乗りのバンのみが設定されるが、海外では3列シートのミニバン仕様も設定される)、前述のライバル車たちにも引けを取らない視界を確保している。こういった特徴は、大型の(手動!)ドアミラーやキャブオーバーによる高いドライビングポジション、それにクラス最小の4.9mという最小回転半径と相まって、都市部では非常に扱いやすい。

室内はデザイン面でも装備面でもベーシックだが(ウインドウは手動式だ)、作りは頑丈そうに思える。薄っぺらなビニールのサンバイザーやポリ塩化ビニル製のシート、薄いフロアカーペット、それに外板剥き出しのフロントホイールアーチなどからは安っぽさが感じられるが、これまでの実績から耐久性は高いと言えるだろう。

interior

装備はそれほど豊富ではないが、エアコンや集中ドアロックは備わっているし、小さいとはいえ2つのスピーカーが付いており、試乗車についていたディーラーオプションのクラリオン製オーディオはUSB/AUX入力やBluetoothハンズフリーフォン・メディアストリーミングにも対応しておりしっかりと機能した。

不満はないかと言われれば、平板なシートはサポート性に欠けているし、高さの調節もできないし、ビニールのシートは夏にはすぐに熱くなるし、ウレタンステアリングにはスイッチも一切付いていないし、チルト調節もテレスコピック調節もできない(ただし、個人的にはドライブポジションに問題はなかった)。シート周りの収納スペースも少なく、ドアポケット(ドアパネルもビニール製)やセンターコンソールボックス、カップホルダーなどは装備されない。収納スペースとして存在するのは、ダッシュボード中央部分にある小さなスペースやグローブボックスくらいだ。ただ、確かにこれは非常にベーシックな車だが、頑丈だしどこか魅力がある。

フロントサスペンションはマクファーソンストラット式で、リアはリーフリジッド式となる。リアサスペンションの形式から想像できる通り、リアは跳ねやすく、ただ250kg荷物を積載すればそれもある程度収まる。また、ライバルが軒並み前輪駆動であるところを、APVは後輪駆動レイアウトを採用している。ただ、これは強大なパワーによってオーバーステアを繰り出したり、バーンアウトをしたりするためのものではなく、あくまで駆動するタイヤ(185R14Cという細いタイヤを履く)が後部の荷室に近いというだけの話だ。

リアホイールの内側には小さなドラムブレーキが潜んでおり、2015年11月1日以降にオーストラリアで新車販売される小型商用車に装着が義務付けられることとなっているスタビリティコントロールは残念なことに装備されない。ABSは装備されるのだが、急ブレーキをかけると滑りやすいような印象があった。ドライバー・パッセンジャーエアバッグは装備されるが、サイドエアバッグは備わらない。これでANCAPの安全評価は2007年基準で三つ星を獲得している。一つ星評価の三菱・エクスプレス(日本名: 3代目デリカバン)ほど酷いわけではないし、街中で使用することを前提としているため、これだけの安全装備しか備わらないようだ。

パワーソースは最高出力92PS/5,750rpm、最大トルク13.0kgf·m/4,500rpmを発揮する1.6Lガソリンエンジンだ。出力は小さいが、それでも低速域では驚くほどに扱いやすい。0-60km/h加速はガソリンモデルのフィアット・ドブロと同等で、つまりあまりに鈍足というほどではない。公称複合燃費は12.2km/Lだが、今回、運送業者の走行を想定して荷物の積み下ろしなどを行いながら実施した都市部での試乗では、9.4km/Lという実燃費を記録した。5速MTは、クラッチは軽く、シフトストロークは短く、都市部での使用に最適と言える。

低速で走り回るのは非常に容易いが、スピードバンプを越えるのは大変だ。油圧式パワーステアリングは軽く、フィードバックも素晴らしい。コーナーやラウンドアバウトでの挙動はフォルクスワーゲン・キャディやカングーなどと比べれば乗用車ライクではなく、ロールは大きいし、フラットなシートのせいで遠心力に踏ん張る必要がある。ただ、小回りはいいため、駐車は簡単だし、その面では同クラスのライバルの追随を許さない。

パワートレインからくるガラガラ音や唸りですら、この垢抜けなさが車の基本に立ち返ったシンプルさだと思えば、むしろ魅力にすら思える。

エンジンは100km/hに近づくに連れてやかましくなっていく。快適なゾーンは80km/h未満といえる。これ以上ではエンジン音もリアからのノイズもかなり高まってしまうし、今のライトバンの平均よりよっぽど酷い振動が生じてしまう。高速道路でもリアエンドはやかましく、背が高くて幅の狭いボディや細いタイヤのせいで、特に空荷状態では不安定でふらつきやすい。

高速道路での使用が多かったり、あるいはハードな使用を想定しているなら、APVは適したバンとは到底言えない。それに、安全装備の欠如は問題だ。

18,990豪ドルという価格設定も、より出来のいいカングーやシトロエン・ベルランゴが19,990豪ドルであることを考えれば高すぎる。これらのモデルにはAPVのような古き良き性質や視界の良さはないが、それでもAPVに勝る安定感がある。ただ、それでも、APVの保守的で飾り気のない性格には人を惹きつけるものがある。それに、視界の良さや、全長・全幅の小ささから来る取り回しのしやすさは他のどのバンにもないものだ。APVは時代錯誤だが、都市部での使用に限るなら理想的なバンとも言える。そして、もし買うなら十分な値切りをするべきだろう。


2015 Suzuki APV Review