イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の司会者の1人、ジェレミー・クラークソンが英「Driving.co.uk」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、ヴォクスホール・アストラ(別名: オペル・アストラ) 1.6ディーゼルのレビューです。


Astra

直近2週間で毎年恒例のクリスマス特集DVDの収録を行った。この収録のおかげで、私はイタリアで2週間を過ごすことができるし、他人の非常に高価な車を運転してスピードを出したり、コーナーを攻めたりすることができる。叫びながら。

イタリアの日光のもとでハイスピードでコーナーを攻めることで、同じ車をレビューを書くためにイギリスで試乗している時には気づかなかった欠点に気付くこともあり、それが理由で叫ぶこともある。

以前にBMW M4のレビューを書いた際にはこの車に非常に惹かれていた。改めてそのレビューを読んでみても、頼まれた仕事はしっかりできているとは思う。ただ、トスカーナのムジェロサーキットのコーナーで派手にドリフトをして欲しいと言われたので、実際にやってみたところ、この車に失望してしまった。

かつてのBMW Mのモデルは派手なドリフトをするのが非常に得意だった。バランスが素晴らしく、最高のステアリングや大きな馬力と相俟つことで、リアタイヤをいつまでも…少なくともタイヤがバーストするまでは滑らせることができた。

ところが、新型M4のステアリングは電動パワステで、まるでPlayStationのゲームの中の車のような操作感覚だった。人工的で、車とは分離された感覚。いや、もちろん後輪を少し滑らせることはできるのだが、しかしその状態を維持できるかと言われたら…。

ステアリングをコンフォートモードにすれば10回に2回は成功する。ではサーキットでの使用が想定されて設定されたスポーツプラスモードではどうだろうか。こちらのモードではスピンするか、リアを滑らせた後にストレートに出てから、まるでヘリコプターから攻撃でも受けているかのようにジグザグ走行してしまうかのどちらかだ。ここからM4に関して新しい結論が導き出される。普通の人間が普通に運転している分にはこの車はいい車だが、ドリフト好きならこの車に乗るよりも自分の足で走ったほうがいい。マーガリンを塗った靴を履いて。

BMWに別れを告げた後、私はアルファ ロメオ 4Cに乗り込んだ。これは私が昨年10月に試乗し、褒め称えた車だ。ところが、残念なことに、ローマの外れにあるヴァレルンガサーキットでは、この車を十分に味わうことはできなかった。私は30分間を病院で過ごさなければならなかったのだが、ターボで過給されたこの車はセンセーショナルだった。運転すると解き放たれたような気分になった。グリップは十分だし、車との一体感もあるし、格好いいし、速いし、経済的で、実用的で、それになによりこいつはアルファ ロメオだ。

ロンドンに戻った今となっては、私が運転した4Cが他の男に運転されているのではないかと不安でならない。荒い運転をされてはいないだろうか。どうも私はこの車に少し恋心を抱いてしまったようだ。

一方のフォルクスワーゲン・ゴルフRはといえば、以前に試乗した時と全く同じ感想を抱いた。しっかりと作られており、控えめで、速く、そして非常に高性能な車だ。ただ、この車は少し退屈だ。それに、白状してしまえば、ゴルフRをメルセデス・A45 AMGと一緒に走らせた時には、A45に追いつくこともできずにすぐに疲れてしまった。

私はゴルフRが好きだ。この車は真っ当な車だ。ただ、この車をナポリからポジターノまで走らせた時、私の心に火がつくことはなかった。ただ、おそらくこれは、私が未だにアルファ ロメオのことを想い続けていたからだろう。

おそらくグルメ評論家も同じような経験をするだろう。素晴らしいディナーを食べて、原稿に最高だったと書き記す。そしてその数週間後、家の近所で友人と食事をとれば、口に入るものすべてが木屑から作られたような味に感じられ、吐いてしまうことだろう。

では私も気分が悪くなったのか、と言われればそれほどではない。私はイギリスの主に公道で、イギリス人の普通のドライバーのために自動車の論評をしている。誰がイタリアのサーキットでの走りを気にするだろうか。

そして、私は良心に基づき、ヴォクスホール・アストラディーゼルへと乗り込んだ。ただここで、問わなければならない疑問が浮かんでくる。この車を切望し、友人に「やったよ、ついに今日アストラディーゼルを注文できた」と言う日を夢見ている人間が果たして存在するのだろうか。

これがアストラの最大の問題だ。誰も欲しいなんて思っていない。もしあなたの勤める会社が社用車としてアストラを寄越してきたら、その日の夕方には間違いなく地方紙の求人欄を見てもっと別の車を使わせてくれる会社を探すことだろう。

これが、Top Gearの有名人レースで使うお値打ち車にアストラが選ばれた理由だ。番組のこのコーナーの目的は、著名なスターを、倹約家でさえ乗らないくらいの安物の車に乗せることだ。これまでこのコーナーに使ってきた車はすべてこの条件に適っている。スズキ・リアーナ(日本名: エリオ)、シボレー・ラセッティ、キア・シー(アポストロフィ)ド、これらすべて、何ひとつ特筆すべきことがない車だ。

私はこのコーナーの車にアストラを強く推した。オフィス中で「皆、白いタキシードを着たブライアン・フェリーがアストラに乗るのを想像してみろ。完璧じゃないか。」と言って回った。

ただ、番組の熱心な視聴者は一つの問題に気づいた。アストラはいい車すぎる。旧型モデルではアンダーステアが酷くて息切れしてしまったところを、新型はしっかりグリップして走ることができる。毎週「ガンボン」コーナーをこの車が抜けていくのを見るたび、ロールがレーシングカー並なのではないだろうかと感じる。

他にもある。現行アストラは見た目もいいし、内装部品を押したり引いたりしてみれば、作りもいいということに気付くだろう。そしてもちろん、値段は安い。

私のもとに届いた試乗車のグレードはSRiだった。これは1980年代に売り上げを伸ばすために追加されたグレードだ。これはトップグレードではなかったし、スポーツグレードの「GT」や「GTE」の名前も与えられなかったが、あくまでもスポーティなハッチバックとしては十分だった。

ところが、試乗車として用意された新型のSRiにはディーゼルエンジンが搭載されていた。これはおかしいと5分ほどは考えこんでしまった。ただ、実際にアクセルを踏んでみると、トルクの海だった。しかもそれは大きな海で、ギアチェンジをする必要もないくらいだった。回転数がどうであろうと、このエンジンは車をどんどんと引っ張っていった。しかもその引っ張りは強かった。これは良いエンジンだ。しかも経済的だ。

言うまでもないかもしれないが、一つ欠点もある。もしディーゼル車を買えば、私よりも歯が汚れた腋の臭い人達が交差点で近づいて来て、ドライバーの事を子供殺しと罵ることだろう。私にはよくわからないが、彼らの頭の中では、ディーゼルエンジンのバスやトラックが排出ガスからすすの微粒子を放出するので、ディーゼルの車はすべて同じようにすすを出していることになっているようだ。確かにすすは産生するが、アストラのような車にはフィルターが装備されており、微粒子の99%は車から放出されることはない。

エコの狂気が理由で近いうちに軽油にガソリン以上の税が課せられるという話もある。実際、ロンドン市長のボリス氏によると、2020年までにディーゼル車のオーナーはロンドンに入るために2倍の渋滞税を支払うことになるらしい。

ガソリンエンジンのアストラを買えば全て解決だと思うかもしれないが、そうすれば今度は衛生状態の悪い人が交差点で近づいて来て、ホッキョクグマ殺しと罵ることだろう。

何を買おうが文句を言われるのだから、自分に一番合った車を買えばいいだろう。ただそれは少なくともアストラではないだろう。なぜならアストラはアストラだからだ。ただ、奇妙なことにアストラは我々によく合っている。


Vauxhall Astra SRI CDTI 1.6 ecoFlex (2014)