米国「Car and Driver」によるキャデラック ELRの試乗レポートを日本語で紹介します。


ELR

キャデラックの新型ELRは驚異的な車だ。車高が低く、彫りが深く、攻撃的で、挑発的で、実用性のための妥協というものがない。まるでジーン・ロッデンベリーの作品世界からタイムワープしてきた23世紀の車のようだ。この車はキャデラックのデザイフィロソフィー「アート&サイエンス」を最も野心的に体現している。シャープさという「アート」を身に纏い、「サイエンス」は「サイエンス・フィクション」へと変貌している。

75,995ドルというベース価格にもかかわらず、この彫刻的な美の下にはシボレー・ヴォルトをベースとしたプラットフォームが隠れている。ヴォルト同様、ELRも実質的に完全に電気自動車として走行することができ、リチウムイオン電池をチャージするためにコンベンショナルな内燃機関が搭載されている。このため、ELRはヴォルトのように米国政府から最高で7,500ドルの賄賂…もとい税控除を受けることができる。

2009年のデトロイトオートショーで公開されたコンセプトカー「コンバージ」をベースとしており、市販モデルのELRにはプレビューモデルのコンセプトカーよりも見た目を良くするためにいくつかの仕掛けが施されている。ボディサイズを小さく見せるため、アルミニウム製のエンジンフードの傾斜がコンバージよりも強められている。一方で、エレガントなルーフラインとするため、リアウインドウの傾斜は弱められている。

ヘッドランプの造形はよりスタイリッシュなものとなっており、トランク部分のデザインもより多面的になり、またコンセプトカーから継承されたホッケースティック型のテールランプはこれまでのキャデラックにはなかったデザインだ。穴のないフロントグリルは、皮肉的にもグリルの本来の役割を失っており、この車には魅惑的な美しさがある。

ELRの2,695mmというホイールベースはヴォルトよりわずか10mm長いだけだが、セダンのヴォルトとは異なりこちらはクーペであり、風貌もまさしくクーペというものになっている。フロントシートには十分なレッグルームもあるしシート形状もうまく作られているのだが、センタートンネルはリチウムイオンバッテリーの前部を内包しているため太く、横方向には比較的狭くなってしまう。リアシートは足のついた本物の人間よりも、ハンドバッグや小型犬、それに捨てられたピスタチオの殻の居場所に適している。昔のマッスルカーで例えれば、シボレー・ノヴァに当たるのがヴォルトだとすればELRはさながらカマロと言えよう。

ダッシュボードにはキャデラックでも最高クラスの材質が用いられている。天井には高級感のあるマイクロファイバーが用いられ、ステッチ入りのレザーやマットフィニッシュウッド、ブラッシュメタル、ピアノブラックの高級プラスティックなどが各所に散りばめられている。ただ、我々の中にはインテリアはCTSやXTSといった最近のキャデラックのモデルのようなシンプルなデザインの方が良かったと感じる者もいた。

ELRの室内は実に快適だ。ただ、独特の空間には慣れるのに時間がかかってしまう。フロントウインドウの付け根は運転席から非常に遠いし、後部の視界は特に5時と7時の方向に大きな死角がある。

interior

シボレー・ヴォルトの発売から既に3年近くが過ぎているので、小さな4気筒エンジンで発電し、電気で駆動するというレンジエクステンダー方式にも違和感を感じなくなってきた。その理由にはレンジエクステンダーシステムへの慣れというものもあるのだろうが、レンジエクステンダー以上に異様な完全な電気自動車であるテスラ・モデルSが2010年に登場したこともその理由の一つだろう。

実のところ、ヴォルトのシステムはほとんど変更されることなくELRにキャリーオーバーされている。EVモードで159PS、レンジエクステンダーモードで184PS相当の出力を前輪へと送るモーターや、車のセンタートンネルの下を通り車両後部で横長となるT字型の大型バッテリー、発電兼駆動用の85PSの4気筒1.4Lエンジンはヴォルトと共通だ。ただ、モーターの制御システムの改良により、システム合計出力は59PS、合計トルクは3.0kgf·m、それぞれヴォルトよりも向上しており、システム合計出力は210PS、合計トルクは40.8kgf·mとなっている。

我々の推定では、0-100km/h加速は、エンジン稼働時で8.2秒、EV走行時で9.1秒となる。これは高級車的な性能というよりは、経済性に振ったコンパクトカーに近い性能だ。

最初の50kmはEVモードで走行することができたが、この間は運転も楽で、また電気自動車らしい静粛性もあった。しかし、バッテリーへの充電のために1.4Lエンジンが始動すると、負荷に従って回転数を上げていくため騒音が発生する。こういった騒音はヴォルトなら許容できるかもしれないが、これは80,000ドルのラグジュアリークーペだ。もっとなめらかで洗練された車であるべきだろう。これだけ高価な車なのだから、それに合った別のエンジンを搭載するべきだろう。

GMのHiPer Strutフロントサスペンションを採用し、245/40R20というワイドタイヤを履くため、コーナリング性能は高められている。一方でリアサスペンションはシボレー・ヴォルトやシボレー・クルーズと同様のトーションビームサスペンションが採用され、ワッツリンクが追加されている。バッテリーのせいでリアにインディペンデントサスペンションを採用するのは難しいのかもしれないが、リアには高級車に求められるほどの落ち着きがない。特にカリフォルニアのマリブの山道で走った時にこの傾向が強く感じられた。1,840kg近い車重もコーナーでは不利だ。

ヴォルト同様、ELRでも4つのドライブモードが選択できる。経済性と快適性の両立が目指された「Tour」モードがデフォルトのモードとなっており、「Sport」モードではサスペンション、ステアリング、スロットルのレスポンスが向上する。「Mountain」モードでは高速でエンジンが始動し、バッテリーの充電が行われる。「Hold」モードではEVモードで極力走行し、街中などでの走行に適している。回生ブレーキはステアリング奥にあるパドルにより操作し、任意の減速度に調節することができる。

最近の多くの高級車と同様に、レーダーセーフティシステムや、シートを振動させる車線逸脱警報、前方衝突警報など種々のテクノロジーが満載されている。むしろ、サンルーフやヘッドアップディスプレイがこの車には装備されていないことのほうが驚きだ。せっかくこれだけ広いフロントガラスがあるのだから、LEDディスプレイの情報の一部をヘッドアップディスプレイに表示するようにすればよかったのだが。それに、室内にもっと陽の光が当たれば素晴らしい。

ELRはプラグインハイブリッドラグジュアリークーペという市場で類を見ない独自性のあるモデルだ。また、デザイン単体として見ても素晴らしい。けれど、ATSやCTSに見られたような運転の楽しさというものがこの車には欠けている。それが残念でならない。


2014 Cadillac ELR First Drive