イギリスの大人気自動車番組「Top Gear」の司会者の1人、ジェレミー・クラークソンが英「Driving.co.uk」に寄稿した試乗レポートを日本語で紹介します。

今回紹介するのは、最新型である2014年モデルの日産・GT-Rのレビューです。

※関連リンク
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2011年モデルの試乗レポート


GT-R

先週書いたアストンマーティン・ヴァンキッシュの試乗レポートの中で日産GT-Rについて触れたのだが、そのせいでまた乗らなければいけないような気分になった。

日産GT-Rはカレーに似ている。インド料理店に行こうと誰かが提案すれば大喜びして賛成し、カレーの他に考えられなくなる。後になってやっぱりピザを食べようと提案なんてされた日にはその人を殴りたくもなってしまう。

Top Gearの次のシリーズでは、我々司会者3人はオーストラリアのノーザンテリトリーを横断するための車を選ぶように言われた。私はBMW M6グランクーペを選んだのだが、実に素晴らしい車だった。速いし、見た目も美しく、それにしっかりしていて、放送を見てもらえば分かると思うが、牛を追い回すのにも適している。

一方でジェームズ・メイは日産GT-Rを選んだ。正直なところ、私は彼が羨ましかった。というのも、GT-Rはどんどん良くなっていると考えていたからだ。GT-Rはこれまで、あらゆる車を凌駕してきた。では、今ではどうだろうか。7年間にわたって販売され続けている車が、依然頂点に立ち続けることなど、できるのだろうか。というわけで、検証してみようじゃないか。

この注目に値する車について、未だ知らない人のために、簡単に説明しよう。他のどんな車よりも、硬く、獰猛にターンし、そして暴力的に止まる、ワイパーの付いた車だ。ランボルギーニやアストンの方が好きだという人もいるだろうが、GT-Rはそんな車たちを圧倒する。

最高のスピードやパワーを持つ車は、ミッドエンジンのスーパーカーだと思うかもしれない。けれどもそれは違う。本当に違う。もし「私を見てくれ!」と主張する車を探しているなら、GT-Rはそんな主張はしない。なぜなら、あなたが「私を見てくれ!」と言い終わる前に、GT-Rはもう視界の外に行ってしまうからだ。

この車の速さは驚愕に値する。加速はハリウッドのSF映画の特殊効果のようだ。そこにいたはずの宇宙船が、すぐに消えてしまうのだから。

けれど、それは過去の話で、時代は移り変わっている。今はマクラーレン・P1も、ポルシェ・918スパイダーも、フェラーリ・ラ フェラーリもある。こんなハイブリッドカーたちに、よもやエンジン1本のGT-Rが敵うはずがないと思うことだろう。けれど…私は敵うと思う。誰もがGT-Rを本当の意味で理解できていないようだ。この車の素晴らしさを知らないようだ。

この車のエンジンは、密閉されたクリーンルームの中で選りすぐりの職人たちにより組み立てられている。それぞれのエンジンが1人の職人の手によるもので、10分間最高回転数まで回されるなどの厳しいテストを受ける。停止状態ではエンジンとトランスミッションの接合部分のアライメントが故意にわずかにずらされている。これは、加速時のトルクによってエンジンがわずかに後方に傾くからだ。全てのエンジンにこのような工夫がなされている。全てのエンジンが完璧なのだ。

普通の空気は不安定なため、タイヤには窒素が充填されている。トランスミッションは重量配分のために後方に配置され、操作性を高めるため、駆動方式は4WDとなる。にもかかわらず、価格はわずか78,020ポンドだ。これは、ドライ路面で同じくらい速い他の車の10分の1程度の価格であり、そして一度雨が降れば、そういった車たちもGT-Rに置いて行かれてしまう。さらに、GT-Rは4人乗りで、広いトランクもあるのだ。

けれども、この車にも足りないものがある。デザインだ。風洞実験を経て、あらゆる曲線も直線も空力性能のために考えぬかれたものかもしれないが、その結果は失望だ。これも、いいことではあるのだろうが…。

私にはアナベルという友人がいるのだが、彼女は派手な車が嫌いだ。彼女の家にあらゆる車で乗り付けたのだが、彼女によればどの車も駄目らしい。派手さの抑えられたアウディ・RS4でさえ吐き気を催すらしい。もしフェラーリで彼女の家に乗り付けたりすれば、見えないように家の裏に駐車してくれと言われてしまうことだろう。

先週、彼女を家にGT-Rで送る必要があったのだが、さて、彼女はGT-Rに対してどう反応しただろうか。何もなかった。彼女は無言で車に乗り込み、2時間の道程でこの車について一言も言及しなかった。彼女はこの車の存在に気づかなかったのだ―これは最大の賞賛だ。

私はこの車を運転して様々なことに気づいた。しかし、気づいたことの大部分は強大なトルクについてだ。100km/hで走っている時にちょっとアクセルを踏んでやると、まるで海で見えない激流に飲まれたかのように感じる。

もちろん、海で泳いで激流に飲まれればその勢いを感じることができるが、GT-Rではそれを感じさせない。これがGT-Rの凄いところだ。そしてこれが、GT-Rが未だにあらゆる競争に勝利し続けている理由だ。

私はベルギーのスパ・フランコルシャンサーキットでマクラーレン・P1を雨の中運転したのだが、実に怖かった。この車はちょっと操作を誤っただけですぐさま事故を引き起こしてしまう。一方でGT-Rでは、ちょっとうとうとしたり、携帯で電話したり、ラジオで泡を吹くまでラッセル・ブランドの話を聞いていても、走り続けることができる。

お陰でリラックスして運転できるし、アクセルを自信を持って踏むことができる。もっと、もっと、そしてさらにもっと。これがこの車の速さの秘密だ。この車では、限界というものが感じられない。実際、この車の限界は普通に運転していて辿り着けるようなところにはないのだ。

要するに、最新の非常に速い車たちは、あまりに速すぎるために、運転しているとナイフを突き立てられているような気分になり、コーナーではGT-Rよりも減速してしまう。恐怖とは精神的なブレーキとなり、そしてGT-Rには恐怖なんてものがないのだ。

車の限界に近づいても、ステアフィールはまるでそれを感じさせないし、乗り心地もいいのだ。実に素晴らしいことではないか。

多くの車が車であることを隠そうとしている。車が進むために奏でる音を、あらゆる遮音材を使って隠そうとしている。けれど、GT-Rにはそれがない。この車は常に音を立てる。けれども、うるさいとは思わないし、不快でもない。この車が「マシン」だということを、常に主張してくれるのだ。

発売から7年が経った今でも、GT-Rは未だに頂点に立ち続けている。ただひとつ不満だったのは、試乗車のブレーキが整備不十分でキーキーいっていたことだ。恐らく、日産はあくまでディスカウントストアで、最上の宝石を販売するのには慣れていないのだろう。

しかし、こんな問題はあったものの、私はこう言わなければいけない。もし、BMWのMシリーズやAMGを買って、最高の車の喜びが得られると思っているのならば、それは違う、と。日産は王者であり続け、何より凄いのは、たとえ車好きでなくても、この車が走っているのを見ればその速さに驚くということだ。この車は数ある最高の車のうちの1台ではない。崇高な最高の車だ。


The Clarkson review: Nissan GT-R (2014)